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2011年6月25日土曜日

福島から岩手へ3

最終日、天気良さそうな気配で目覚めました。


まったりとした朝の時間を過ごし、朝食を食べ、それぞれ知人に挨拶したり、

荷造りしたりします。

全体の集合写真を撮り、荷物を再びバイクに積んで暑い会場をあとにします。





ここからは7人で陸前高田を目指します。

絶好のバイク日和の中、東北の3ケタ国道を、ショベルヘッドから最新のファット

ヘッドが、エキゾーストノートを山々に響き渡らせ、快走します。

のどかな山間部を走っていると、急に曲がったガードレールや、路肩の下に

積み重なったガレキや、ひとまとめになった粗大ゴミのような物があらわれます。

そのうち明らかに大きな力によって破壊されたであろう家などが視界に入って

きました。その時出た標識には、陸前高田6Km と出てました。

気仙川を遡った津波はここまで到達したのでしょうか、おもいっきり鳥肌がたちました。


その後すぐに陸前高田に到着。





元々の風景を想像することが出来ず、さらに3ヶ月もたった後なので、

凄まじさは落ち着いてますが、今までの人生の中で見た事の無い光景が広がって

ます。

気仙大橋が工事中なので細い県道経由で迂回して気仙沼へ向かいます。








気仙沼でまだ片付けられていない車の多くは、赤サビまみれでした。

聞いたら火の海だったからだそうです、、、炎が塗装を剥がし、鉄むき出し

になったからすぐにサビが進行したのでしょう。




ガレキは道の脇にまとめて積み重なっています。キレイに片付けられているので、

異臭もほとんどしません。この先どれくらいの年月をかければ東北の太平洋側

が復旧するのか、考えただけで気の遠くなる思いです。


その後国道45号線を南下してゆきます。実は数年前このエリアは走って北上

したことがあります。しかし変わり果てたこの海岸線を再び走ってとても同じ

道を走ったとは思えませんでした。


工事、ガレキの山、変わってしまった地形、骨組みだけの建物、すべてが痛々しい

オーラを放っています。


行けども行けども津波に押し流されたであろう風景が広がり地震で波うった路面は

我々をバイクごと揺さぶり続け、日差しの暑さに耐えかねた頃、南三陸町で

一件の地元の食堂を見つけ、迷わず入りました。


お店の方といろいろお話しました。

割と高台にあったこちらのお店も、1Fの駐車場はヒザ下まで海水が来たそうです。

そして津波の犠牲になった方も近所で何人かいたそうです、、



その後石巻から三陸道へ入り、塩竈、多賀城とやはり被害の大きかったエリアを走ります。

道はやはり段差を修正した跡やうねりがみられます。


夏前のような西日に照りつけられながら、さっきまで見ていた光景が、何度も何度も

頭の中に蘇ってきます。

考えれば考える程、失われてしまったものの大きさに、ただただ呆然とするほか

ありません。


三陸道から仙台南部道路経由で東北道に合流して、東京方面を目指します。

この時点ですでに夕方ですが今日中に戻る為に、ここからさらに馬上の人となり

走りつづけます。


夕日の東北道を走りながら、この数日間の出来事や出会った人、見たもの等が遥か昔

の記憶だったのではないかとさえ思えてきます。

日が暮れてそれぞれのペースで走るようになると、ひしひしと孤独感が浮かんできて、

あとはひたすらスロットルを握って走り続けるだけです。


そろそろケツの痛みが限界って頃ようやく首都高の高井戸ICにたどり着き、ホッとしながら

出口の坂を下り環八へ出ます。


バイクもノントラブルで約1000Kmの距離を走りきり、高速を下りた信号待ちでは、

何事も無かったように低く安定したアイドリングを響かせています。44年前のバイク

ですが、頼もしい限りです。


ガレージにしまわれた車体は、真っ黒に汚れ、オイルにまみれてますが、とても光って

みえました。


またこのバイクで、福島や東北を走ろうと思います。







4 件のコメント:

  1. トラブル大森2011年6月28日 15:58

    内藤さんお疲れ様でした。新宿泡盛ナイトも楽しかったです。またやりましょうね。

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  2. 大森さんお疲れ様でした!かなり内容の濃い数日間でテンション上がりました。
    また宜しくです。

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  3. 内藤さん、おつかれさまでした。またいつかRUN&DRINKしましょう!!

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  4. シンペーさん、おはようございます。RUN&DRINKまた実現したいです!沖縄も行ってみたいです。

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